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出羽鶴の歴史



●慶応元年 …… 伊藤家の家業として南楢岡村(現在の大仙市南外)で創業。酒造店と称す。酒名は「松の友」。
●大正 2年 …… 場所を現在地に移転し、家業を株式法人組織に改め、落合酒造株式会社となる。酒名「出羽鶴」。
●昭和30年 …… 出羽鶴酒造株式会社に社名変更。
●昭和47年 …… 出羽鶴、刈穂、國之譽3社の共同出資で秋田清酒株式会社を設立し、総発売元とする。
出羽鶴歴史スナップ

出羽鶴の礎を築いた伊藤恭之助翁

 伊藤恭之助は仙北郡南楢岡村(現在の大仙市南外)の旧家の二男として明治3年2月28日に生まれ、10代で伊藤家13代目を継ぎ、家業の酒造業でわのかたわら県議、代議士としても広く活躍しました。先見の明に秀で、率先して地元の荒れ地を開拓し耕地整理事業を成功させ、後の米増産の土台を築きました。

 一方、翁は山間辺地に安くて質の高い酒を供給して濁酒密造を防止することを目的に、村民に株を持たせ、村内落合に落合酒造(株)(現在の出羽鶴酒造)を設立。また、仙北郡神宮寺の個人の酒造業を株式法人化し、2社設立。大正3年秋田県酒造組合連合会会長に就任し、全国酒造組合東北支部長、中央会代議員等を歴任しました。

 秋田県産酒の評価を高めるために、丸亀の花岡正庸氏を県醸造試験場長として迎え杜氏の育成に努力し、また県産酒の県外出荷を目指して、同志と一丸となり秋田銘醸(株)を創立し、初代社長に就任するなど業界の近代化に努め、多大な功績を残しました。

従六位勲四等藍綬褒章受章。

伊藤恭之助翁画像
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